ベランダ畑、時々山から ALS患者としての日々

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zoom RSS 映画 「ヒマラヤ 運命の山」

<<   作成日時 : 2014/08/08 13:53   >>

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 今週後半は夏休み。

 本来なら今日、明日は廻り目平でボルダリングの予定だったが、台風11号のために雨降り必至なので、色々キャンセル。

 今日はどんより、じめっとした、天気になりました。


 山に行けないので....

 今日は大分前(2年前!)にゲットして、見るのを惜しんでいたDVD 「ヒマラヤ 運命の山」をじっくり観賞しました。




 「ヒマラヤ 運命の山」 は1970年にドイツの遠征隊が難関のヒマラヤ、ナンガ・パルバートに挑んだときの過酷な山行を描いた映画なんである。


 原作は、メスナー自身が書いた「裸の山 ナンガ・パルバート」だ。

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 メスナーは、最愛にして最高のザイル・パートナーの実の弟ギュンターとともに、標高差4,800 mのルパール壁に挑み、登頂を果たす。

 しかし、ザイルもなく登頂に挑むことになった二人は、下山の方法を失う。

 遠征隊のもう一つの登頂チーム二人が、遙か上で助けを求めるメスナーの声を聞くが、風のせいか正確に聞き取れず、救助の必要はないと判断し、そのまま登頂を続けてしまう。


 メスナー達はザイルがないために、往路に取ったコースを辿れず、下山に取ったルートは後から来たチームと交差することはなかった。


 高所で2回のビバークを乗り越え、南側のルパール壁とは別の西側ディアミール壁を降りざるを得なかった二人。


 食料も水も尽きた中、放浪するように降りる二人はいつしか離ればなれになり、ついにメスナーは弟ギュンターを見失う。



 後に瀕死の状態で助かったメスナーは、自分の野心のために遠征隊の統率を乱し、弟までを見殺しにしたと、あらぬ疑いをかけられ、遠征隊の隊長ヘルリヒコッファーと長い裁判を争うことになる。


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 映画 「ヒマラヤ 運命の山」 は事実をメスナーの目から描いた「裸の山」を忠実に再現した力作だ。

 ナンガ・パルバートやパキスタンでのロケも何回も行い、高所の撮影もヘリコプターを駆使するなどして行っている。

 そして何と言っても、撮影・演出のアドヴァイザーとしてラインホルト・メスナー自信が、監督のヨゼフ・フィルスマイヤーにつきっきりで、適切な助言を与えたことで、高所での壮絶な人間模様を見事に描ききったと行って良いだろう。




 メイキングではメスナー自身が色々な解説をしている。

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 見応えのある作品です。


 予告編。





 メスナーの本に関しては、以前このブログでも書いているので、よろしければ・・・

 「極限への挑戦者 」
 → http://azm.at.webry.info/201404/article_13.html 








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