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ベランダ畑、時々山から   ALS患者としての日々

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ベランダ畑、時々山から ALS患者としての日々
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横浜のとあるベランダ畑から。
時には山からの空気をお届けできれば・・・

2017.4 ALSの確定診断。
Adaptive Life Soundings
順応的に生きる術を探す 日々 ٩( 'ω' )و

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2017/07/22 告別式

2017/07/24 15:02

7/17に旅立った父の葬儀。
7/21 通夜
7/22 告別式

自分は身体への負担が大きいので断腸の思いで7/22の告別式のみに。

福祉タクシーを予約して早めに出発したが、途中渋滞があり、葬儀場には11:10頃到着。

読経は11:00から。
遅れてしまった。

皆さんが揃ってお経を聞いている中、車椅子で入場。
母の隣に。

しばらく線香に噎せ息苦しかった。

遺影は弟が探し出した元気な頃の朗らかな写真。父らしい表情の良い写真だった。

お焼香は車椅子に座ったまま、葬儀社の方が、焼香台を手元に持って来てくれた。

出棺に先立ち生花を棺に代わる代わるおさめた。

気丈な母も花に包まれた父に、冷たくなっちゃって…、と涙ぐんでいたようだった。

そして、挨拶。
あらかじめ弟から兄貴が挨拶してくれと頼まれていた。
火葬まで添えない自分を思いやり、役割りを作ってくれた。感謝。


本日は父豊の告別式に御参列いただいて誠にありがとうございます。
父は若い頃から何度も癌を患いましたが、それぞれ克服し、常にユーモア溢れる家庭を築いてきました。
家族、親兄弟を愛し、酒を愛し、何より友人を愛した一生だったと思います。
彼岸では先に旅立った親兄弟や沢山の友達が迎えてくれると思います。
本日はありがとうございました。



首が下がり顎の位置が本来でないので、発音が悪い。
若干聞き取りにくかったかと思うが、なんとか伝わったようだった。

出棺。
棺を担ぐことができない。棺に先立って外へ。

プワーン。
警笛と共に棺を載せた車が出発。
ここでお別れだ。


長くお会いしていない方々にも会うことができた。
こじんまりとしていたが、質実剛健を重んじる父らしい葬儀だった。


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2017/07/17 父逝く

2017/07/18 22:44

昨日7/17、12:41、父が旅立った。

6月の下旬から約一カ月の入院、闘病の末のことだった。

昨日の午前中に、弟から電話があり、朝病院から電話があり、容態が良くないとのことで病院に駆けつけての電話だった。
主治医の話では、血中酸素濃度が低下し、ガス交換ができなくなって来ているとのことだった。すでに意識はないと。
現在は、落ち着いている。
すぐに、どうのこうのということはないらしい。

また、様子を知らせてもらうことにして、一旦電話を切った。

とはいえ、やはり気になるので、2時にタクシーで出発することにして弟に連絡した。

1時になる前に、弟から電話が入った。
12:41に亡くなった。しばらく呼吸が荒かったが、落ち着いたあと、急に静かになった。安かな表情に戻っていた、と。

いろいろ対応してくれた弟をねぎらい電話を切った。

2時に予約したタクシーで実家に向かった。その後の電話では、病院を2時に出て自宅に戻るとのことだった。

1時間15分程で実家に到着。
ガンガンに冷やした和室に父は横たわっていた。
椅子がないと座れないので立ったままに、しかも、左手が動かないので右手だけで拝まざるを得なかった。母が火をつけた線香を立ててくれた。


先日も書いたが、父は自分が中二の時に胃がんで、胃を3分の2摘出。幸い早期癌で、仕事に復帰した。

かなり経ってから、再発。残りの胃を摘出。
それでもまだまだ元気に、漢詩、陶芸、篆刻、漢字検定などに精を出していた。

五年前、肺癌で右肺3分の2摘出。
80過ぎての大手術は身体にかなり応えた様だった。
以来、好奇心ややる気が愕然と低下した。


6月下旬に体調崩し、弟の算段で入院。
その後、3分の1しかない右肺が誤嚥性肺炎に。右肺は弱いから吐き出す力が無くなって来ていたのだろう。

10日ほど前に見舞いに行った時に主治医からレントゲンを見ながら話を聞いた。右肺が真っ白だった。
抗生剤の投与で、治るまで薬一週間。
しかし、予断は許さない。

延命措置について打診があった。
体力が落ちている。今後呼吸困難になった時には意識を失っている可能性が高い。持たせたとしても長くはない。術後のQOLを再び保つことは難しい。など踏まえ、母の意向を元に弟と相談し、延命のための延命措置は希望しないとし、弟から書類を出してもらった。

それから一週間、いったん肺炎が治りかけだが、また誤嚥性肺炎を再発し、昨日を迎えた。

見舞った日は、比較的調子が良い日で、多少でもやりとり出来た。
日によっては一日中寝ていたり、せん妄の現れる時もある様だった。


父は一言で言うと、人を愛し愛される人だった。
自分が小さな頃は、おっかなく、怒られて泣いたら、男は泣くんじゃないと腿をビンタされ赤くなったこともあったけれど。

若い頃から、我々家族のみならず祖母と伯母の生活も助けていた。

そして、何より友人を大事にしていた。良く何人もの友人を自宅に呼んで宴会をしていた。自分はビール注ぎに駆り出されたりしていた。
中でも中学時代からの親しい友人がいて、若い頃のエピソードも沢山聞かせてもらったものだった。

そんな友人も、先立つ人が多く、寂しい思いもしていただろう。


好奇心強く、読書家で、趣味の多い父を何処か手本にしていたとつくづく思う。

ずいぶん前のこと、まだ自分が子供の頃、人生は楽しく過ごさなくてはいけない、良い意味でのエピキュリアンであれ、という様な話を父としたことが忘れられない。

父の最期は母と弟が看取り、静かに旅立ったことだろう。

何度の大病にもめげず、ユーモア溢れる家庭を作ってくれた父に感謝。

やすらかに。



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2017/07/12 眠れない夜

2017/07/12 21:09
梅雨明け前というのに猛暑。

寝苦しい夜というか、眠れない夜が続いている。



気温が高くて汗ばむ。咳き込んでまた全身に汗をかく。
すると、背中やら脇腹やら痒くなって仕方がない。
左腕が動かないし、右腕も動かせる範囲があまりないので、相方Kに掻いてもらわざるを得ない。
あんまり汗でぐしょぐしょの時はタオルで拭いてもらう。寝巻きがわりのTシャツを替えてもらったりもする。
3.11以降、使っていなかったエアコンを使うことにして、気温による汗はなんとか回避。



唾液の分泌が多い。さらに咽頭部に溜まり粘つく。これが痰がらみの感じでゼーゼーして、咳き込む。一度咳き込み始めるとなかなか止まらない。
特にベッドに横になると必ず咳き込む。電動ベッドを使っているが、ある角度まで倒すと必ず喉がゼーゼーし始め咳き込む。
粘ついた唾液が咳とともに出て来ればティシューに吐き出す。しばらく口に唾液が溜まる。あまり多い時は起きて洗面所で吐き出す。
なかなか咳が止まらない時は吸引器も使う。
やっと治ったと思って寝るとまた咳き込む。この繰り返し。
咳は体力消耗する。一回の咳は1kcal程度のエネルギーを消費するらしい。で、咳き込むと全身汗だく。

夕べはいろいろ試したあと、咳が出にくい程度にややベッドを倒し
てなんとか眠りに落ちた。

寝相
仰向けに寝ると鼻が詰まり、息苦しい。右横寝すると割りと楽。左腕が動かないから左横寝はできない。だから右横寝ばかり。左腕は腹側に置いたクッションに預け、負担がかかりにくくしている。とはいえ常に脇腹の一部に乗っかるので、内側が汗ばんだり、息苦しくなる。右手で左腕を動かし微調整。
ラジカットの初期導入プラス胃瘻造設の入院以降体重が大分減ってしまった。肩や尻の筋肉が減ってしまったので同じ体位でいると痛怠くなる。
右横寝すると、右肩肩甲骨あたりと右尻が特に痛怠くなる。
朝起きると右肩が怠い。時に途中で起きてしばらく仰向けになり、その後右横寝になる。首の位置や腕の位置が収まるまで、何度も微調整が必要だ。
かろうじて動く右手を大事にしたいが、寝る為には右肩に負担ががかかるというジレンマ。

ベッドのマットを、少し柔らかいものに替えてみることにした。

自分が寝られず、咳き込んだり、汗だくになったりを相方Kがヘルプしてくれる。な訳で相方Kもゆっくり寝られない。

なんとかならないものかと、もどかしい夜が続いてる。




写真は昔八ヶ岳で出会ったキクイタダキ。

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2017/07/06 見舞い

2017/07/07 14:49


二週間くらい前に父親の体調が急変、近くに住んでいる弟がいろいろ算段してくれ、かかりつけの比較的大きな病院に入院した。

3日ほど前に高熱。
誤嚥性肺炎。
その後、抗生剤の点滴で微熱に下がっている。

かなり高齢なので、入院中は幻視があったり、日によって調子が大分違ったようだ。

昨日は弟が休みを取って、車で迎えに来てくれ、実家に寄って母ともいろいろ話をした後に病院に。

あらかじめ車椅子を借りておいてもらったので、病室まで楽させてもらった。

父親は私が中学2年の時早期癌で胃を3分の2切除。その後大分たって全摘。
さらに五年ほど前に肺癌で右肺3分の2切除。
高齢になっての手術はかなり負担だったようで、肺機能も低下したから、体力が大分落ちてしまった。
漢字検定の上位を争ったり、漢詩を作ったり、毎日欠かさず散歩に行っていたのだが、次第に気力がついていかなくなっていた。

それでも自分が4月に検査入院していた時には弟の車で見舞いに来てくれたものだった。



弟に押してもらう車椅子を見つけると病室に入る前から気づいて右腕を伸ばしてくれた。
久しぶりに握手。

昨日は大分調子も良かったようで、時折冗談交じりの話もできた。

その後院長先生から病状を聞くことができた。
レントゲン写真は切除して3分の1残った肺が真っ白だった。
上記のように熱は下がっているので抗生剤が効いているようだ。誤嚥性肺炎は通常発症後一週間程度で回復するという。

右肺の機能が落ちているので、右肺に誤嚥しやすいのだろう。
体力回復には点滴薬の後、3分がゆくらいから普通食に戻す必要がある。再度の誤嚥性肺炎を発しないようにしないと。

お土産に版画の最新作、ミヤマスミレ、の葉書を持参。
見えるところに飾ってもらった。


帰りもまた弟に車で送ってもらった。
親の世話も任せるしかない。いろいろやってもらい感謝。


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2017/07/02 身体状況メモ

2017/07/02 14:12
早くも今年の折り返し。
7月になった。
昨年夏に左手に違和感を感じてから11ヶ月ほど。

昨日と違うかというと、ほぼ同じ。一週間前とはほんの少し違うか。1月前とは明らかに違う感じ。

記録のため、現在の身体状況をメモしておこう。


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相変わらずの首下がり。
椅子に座っている時はなんとか枕やタオルで支えている。
トイレなどちょっと動く時は首下がりのまま。
少し長く歩くような場合は、頚椎フォームカラーで首を固定。しかし、固定しきれず頭が傾いて、右頬や顎が圧迫され結構辛くなる。


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左手は指先がやや動く程度。
親指から薬指は多少曲げられる。腕は上がらない。
右手は上腕があまり上がらない。水平までも上がらない。
前腕はかろうじて動く。肘を支点にしている。
最近は右肩が疲れる感じがする。


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従前に比べやはり細くなった。
右脚はまだまだ力が入る。
左脚は右の6割から5割程度か。
先日、最寄りの駅まで700m程度を歩いたが、2日後に左脚のふくらはぎが筋肉痛。筋肉痛はあまり良くない。


嚥下
ラジカット入院少し前から、大分柔らかくとろみをつけないと飲み込みにくい。
入院中の嚥下造影検査では、一応嚥下に問題ないが、一度では飲み込めず、咽頭に残り後から流れ下がる部分があった。
退院後の自宅食、柔らかくしてかつ刻んである野菜も少し大きいと喉に引っかかり目が白黒。
ミキサーかけたり、とろろ芋増量したり。
食事はどんぶり一杯。30分から45分くらいかかる。
水、お茶はとろみをつけないでそのまま飲めるが、ゴクゴクという訳にはいかない。
少しずつ、慎重にゴクリ。も一度ゴクリ。たまに噎せる。


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食後の薬が飲みづらくなった。前立腺肥大や咳の薬が沢山ある。
ラジカット入院から退院して2、3日くらいあとに、薬が喉に引っかかるようになった。
訪問看護師に相談して、胃瘻から注入することに。とりあえずシリンジ、プラスチックの注射器、を受け取った。
お湯で薬を溶かしてシリンジに入れ、チューブを介して胃瘻から注入する。一連は相方Kにやってもらう。シリンジに入れるのが結構厄介。腕が4本ないと…。
3日後に懸濁ボトルを持ってきてもらった。シリンジに比べかなり楽になった。




噎せる
唾液が多いのか、常にゴクリ。
これが喉に溜まり粘つき、時に痰のようにからんで、咳き込む。何回かに一度は咳とともに口まで出てくるので、洗面所やティシュに吐き出す。
この咳が四六時中治らない時も多い。咳き込むと身体全体汗だくになる。




寝返り
仰向けだと眠りにくい。
右向きに横になるとなんとか寝られる。左手が動かないので、左向きにはなれない。
少し前から、朝になって起きる時に右の肩、腰に怠さが残るようになった。相方Kか100均でクッションを買ってきたくれ、敷くようにしたら少し改善。
悩ましいのが左手。動かすには右手でやるしかない。上腕は脇腹に乗っかるので、ちょっと苦しいし、汗ばむ。汗ばむと痒くなる。
どう置いても左手が所在ない。
ずっと右横寝も疲れるので、たまに仰向けになったり、また横になったり。その度に首の位置や左手の位置を調整しなくてはいけないので難儀。
さらに、そんなこんなで背中に汗かくと、これがまた痒くなる。右手前腕の動く範囲は限られているので、すまないけれど相方Kを起こして掻いてもらう。



コール
相方Kがベランダにいると、声かけしても聞こえない事がある。ケアマネジャーに何かないか相談していた。レストランなどのコールのようなものがあり、試しに貸せるかも、とのことだった。
しかし、生憎試しに使える物がなかったとのこと、と訪問リハビリの先生。で、朝の会議で浮上したのが…熊鈴!
熊鈴ありませんか?
もちろん、いくつかありますよ。
試したら低い音色の熊鈴がベランダでもバッチリ聞こえるようだった。



その他
着替え、風呂、は全て相方Kに頼っている。風呂はそろそろ訪問看護師にお願いすることにしている。
トイレは自分で行ける。パンツは履けるが、ズボンは腰まで上げ切らないので手伝ってもらっている。

相方Kに感謝。



右手を使ってゴム版版画を少しずつ作っています。
八ヶ岳美濃戸で見たミヤマスミレを作成中。


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6/29 胃瘻抜糸

2017/07/01 11:30
6/29
午前中にケアマネジャーと福祉器具関連の方がみえてヒアリング。
今後のコミュニケーションツールをどうするか。
デフォルトは伝の心というウィンドウズベースのパソコンツールらしい。

私のイチオシはやはり、オリヒメ、なんだが…。
7/1のBS-TBSの夢の鍵を見てもらうようにお願いした。


午後は胃瘻の抜糸でHKB病院へ。
リハビリ兼ねて最寄りの駅まで歩いたが、暑さもあり、かなりしんどかった。あとはタクシー。帰りもタクシー。
左脚への負担もさることながら、頚椎フォームカラーをしていても首が傾くので、カラーに当たる右頬や顎が圧迫されて辛い。駅までほんの700mほどなんだが。


HKB病院では少し待たされて診察室へ。
寝台に横になる。
胃瘻の担当の先生が、傷口見せて下さいね〜。
胃瘻の傷口は綺麗ですね、ということで、するする糸を抜く。
抜糸は問題なく直ぐ終わった。

疲れたので、帰宅後昼寝。

夜、プレバト、炎帝戦見て元気になった。俳句は人となりや努力、センスが良く出るものだな。



昔行った白駒池で見たシャクナゲ。

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ラジカット点滴+PEG造設 退院 ALSな日々

2017/06/24 15:04
Adaptive Life Soundings な日々

6/5-6/23 の19日間、ラジカット点滴初期導入と、引き続きPEGすなわち胃瘻の造設で入院していました。
昨日の昼過ぎに久しぶりのわが家へ。


ラジカット点滴

ラジカットは体内のALSの疾患に見られる活性酸素などのフリーラジカルを抑制する薬です。
点滴による投与で、初期導入は二週間連続、大病院で施療してもらう必要があります。

点滴自体は2パック、30分×二回の1時間あまりで終わります。
ただし二週間連続なので点滴針は四六時中針を刺してないといけません。
点滴自体、はじめてだったこともあり、針付きは所在無く億劫でした。


食事

さて、入院当初は食事に四苦八苦。
首を前に出せず、さらに右手が上がらないので、右肘を支点にして前腕だけ動かしでスプーンで食事をする必要があります。

ベッドに支点になるものがないので、最初は車椅子を利用。車椅子の手すりにバスタオルを巻き付けたりして支点を確保しようとしたがあまり上手くいかず。しかも、首まで背当てがある車椅子の数がないので、自分であらたにレンタルしなくてはいけないとか、ハードルが上がるのでした。


救い主現る。
OTオキュペイショナルセラピーのWTN先生が病室に来てくれて、大きめのビーズクッションで左側を支え、右側には枕とバスタオルを重ね、高さ調整して右肘の支点を確保。

コックピット状態ながら、食事ができる姿勢が安定しました。

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食材。

食べるものの方は、お粥に刻みおかずにしてもらって居ました。
当初は水気が多いお粥で水気だけ先に喉を越え、後は口に残ってしまい、お茶で毎回流し込むようなことに。水気が多いので口に運ぶまでやたらに溢すこともあり難儀。

さらに良く出る焼魚系がネックに。解してはあるものの、まとまって喉を通らずに、必ず残って目を白黒させていました。

ある日、里芋煮がおかずに。
おかずはお粥に全部混ぜしていました。よく言えばおじやかリゾット。
さて、里芋煮、適度にとろみが付き、一緒にあった魚系のおかずも、大きな苦労なく飲み込めました。

ちょうど中野玄三さんの著書を読んでいて、とろろ芋が良いということでしたから、里芋煮いいじゃないか、と思い、毎回副食に里芋煮出して貰えないかせ相談しました。


残念ながら、毎回仕入れる訳ではないので希望には添えないと、やんわり却下。


とろろ芋。

で、相方Kがとろろ芋を擦ってペットボトルに入れて持ってきてくれました。
ありがたい。
とろろ芋を混ぜてからは、焼魚、煮魚系もまず大丈夫。
入院後半戦でやっとストラッグルな食事から安定した食事が出来るようになひました。



PEG 胃瘻。

文字通り胃に穴を開ける手術です。
将来、嚥下機能がさらに低下してものを飲み込めなくなったら、胃に開けた穴にチューブで栄養や水分を入れるようにする為のもの。

胃瘻は作っても、必ずしも使う必要なく、口から食べられる間は口から食べれば良いのです。
手術と言っても、内視鏡による簡単なものだけど、体力無くなってからでは大変なので、早めに造設を!、というのが患者の先輩やクリニックの先生など、皆さん口を揃えて仰言います。

で、どうせなら何回も入退院を繰り返すのも嫌なので、今回入院中に造設してもらいました。

手術中は鎮静剤の点滴で寝ていたので、何も分からぬままに手術が終わりました。

実際は、いちどチューブが外れ、やり直したとかで、かなり痛がってましたよ、と後から手術に立ち会ってくれたキュートなピンクレンジャーファッションの先生から聞かされ、びっくり。

手術後には、おそらく腹圧があまりかからず、前立腺肥大も抱えていることもあり、膀胱が満タンでも尿が出ず、尿管を入れてもらいました。入れるのはやだな。入ってからはトイレに行かないで良いので楽だけど。


金曜日に手術して、当初は土曜日昼から飯が食えるはずでしたが、若干負担が大きな手術になったので、結局、月曜日の昼まで絶食。点滴のみ。
という訳で土日は寝たきりテレビ三昧に。


月曜日の昼から食事開始。
尿管も外れて、トイレには歩かないと。
最初しばらくはふらふらしました。

その後、食事する度に元気が出る感じ。



そんなこんなで、ようやく昨日退院。
抜糸はまだで、来週外来でやってもらうことになりました。



今回の入院では、またいろいろな友人が訪れてくれました。
ありがたいことです。

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また、自宅でのAdaptive Life Soundings な日々がはじまりました。


追伸
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ペニテングタケの版画をモチーフにしたデザイン。
手前味噌ですが私がデザインしました。
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