ベランダ畑、時々山から ALS患者としての日々

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zoom RSS 2017/07/17 父逝く

<<   作成日時 : 2017/07/18 22:44   >>

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昨日7/17、12:41、父が旅立った。

6月の下旬から約一カ月の入院、闘病の末のことだった。

昨日の午前中に、弟から電話があり、朝病院から電話があり、容態が良くないとのことで病院に駆けつけての電話だった。
主治医の話では、血中酸素濃度が低下し、ガス交換ができなくなって来ているとのことだった。すでに意識はないと。
現在は、落ち着いている。
すぐに、どうのこうのということはないらしい。

また、様子を知らせてもらうことにして、一旦電話を切った。

とはいえ、やはり気になるので、2時にタクシーで出発することにして弟に連絡した。

1時になる前に、弟から電話が入った。
12:41に亡くなった。しばらく呼吸が荒かったが、落ち着いたあと、急に静かになった。安かな表情に戻っていた、と。

いろいろ対応してくれた弟をねぎらい電話を切った。

2時に予約したタクシーで実家に向かった。その後の電話では、病院を2時に出て自宅に戻るとのことだった。

1時間15分程で実家に到着。
ガンガンに冷やした和室に父は横たわっていた。
椅子がないと座れないので立ったままに、しかも、左手が動かないので右手だけで拝まざるを得なかった。母が火をつけた線香を立ててくれた。


先日も書いたが、父は自分が中二の時に胃がんで、胃を3分の2摘出。幸い早期癌で、仕事に復帰した。

かなり経ってから、再発。残りの胃を摘出。
それでもまだまだ元気に、漢詩、陶芸、篆刻、漢字検定などに精を出していた。

五年前、肺癌で右肺3分の2摘出。
80過ぎての大手術は身体にかなり応えた様だった。
以来、好奇心ややる気が愕然と低下した。


6月下旬に体調崩し、弟の算段で入院。
その後、3分の1しかない右肺が誤嚥性肺炎に。右肺は弱いから吐き出す力が無くなって来ていたのだろう。

10日ほど前に見舞いに行った時に主治医からレントゲンを見ながら話を聞いた。右肺が真っ白だった。
抗生剤の投与で、治るまで薬一週間。
しかし、予断は許さない。

延命措置について打診があった。
体力が落ちている。今後呼吸困難になった時には意識を失っている可能性が高い。持たせたとしても長くはない。術後のQOLを再び保つことは難しい。など踏まえ、母の意向を元に弟と相談し、延命のための延命措置は希望しないとし、弟から書類を出してもらった。

それから一週間、いったん肺炎が治りかけだが、また誤嚥性肺炎を再発し、昨日を迎えた。

見舞った日は、比較的調子が良い日で、多少でもやりとり出来た。
日によっては一日中寝ていたり、せん妄の現れる時もある様だった。


父は一言で言うと、人を愛し愛される人だった。
自分が小さな頃は、おっかなく、怒られて泣いたら、男は泣くんじゃないと腿をビンタされ赤くなったこともあったけれど。

若い頃から、我々家族のみならず祖母と伯母の生活も助けていた。

そして、何より友人を大事にしていた。良く何人もの友人を自宅に呼んで宴会をしていた。自分はビール注ぎに駆り出されたりしていた。
中でも中学時代からの親しい友人がいて、若い頃のエピソードも沢山聞かせてもらったものだった。

そんな友人も、先立つ人が多く、寂しい思いもしていただろう。


好奇心強く、読書家で、趣味の多い父を何処か手本にしていたとつくづく思う。

ずいぶん前のこと、まだ自分が子供の頃、人生は楽しく過ごさなくてはいけない、良い意味でのエピキュリアンであれ、という様な話を父としたことが忘れられない。

父の最期は母と弟が看取り、静かに旅立ったことだろう。

何度の大病にもめげず、ユーモア溢れる家庭を作ってくれた父に感謝。

やすらかに。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
東根さん、どうも御愁傷様でした。ご自身のお体も大変な上にお父様のことも気になってさぞかし心を痛めておられたこととお察しします。亡くなられたお父様には安らかに永眠されることを心からお祈り申し上げます。また、東根さんには心身ともにお疲れのことと思います。どうかご自愛ください。
アッキーマッキー
2017/07/18 23:05
アッキーマッキーさん、ありがとうございます。最期は母と弟に看取られ、静かに旅立ったと思います。
azm
2017/07/19 08:56

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